交通事故によって、人損と物損の両方の損害が発生した場合の物損の消滅時効の起算点を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和3年11月2日判決
交通事故の損害は、①身体がケガしたことによる人損と②物が壊れたことによる物損に大きく分けられます。不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害及び加害者を知った時から消滅時効が進行します(民法724条1号)。
②物損については、交通事故後、保険会社や相手方と争いになることはありますが、請求する損害額は、すぐに確定します。一方、①人損は、症状固定まですべての損害は確定しません。
人損には、治療関係費、休業損害や後遺障害による慰謝料など様々な損害費目があります。後遺障害が残った場合、人損のすべての損害の消滅時効は、症状固定時から消滅時効が進行すると解されています。
人損と物損、両方の損害が発生している場合、物損の消滅時効は、①物損の損害が確定した時から進行するのか?②症状固定時から進行するのでしょうか?①だとすると、被害者は、物損と人損の2回、訴訟提起をしなければならない場合が出てきます。
この判決は、人損と物損の両方の損害が発生した場合の物損の消滅時効の起算点が問題になった判決です。
事案の概要
平成27年2月26日、Xが所有し運転する大型自動二輪車とYが運転する普通乗用自動車が交差点において衝突する事故が発生した。
Xは、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、通院による治療を受け、平成27年8月25日に症状固定の診断がされた。また、本件車両には、本件事故により損傷が生じた。
Xは、平成30年8月14日、本件訴訟を提起した。Xは、本件車両損傷を理由とする損害の額について、本件車両の時価相当額に弁護士費用相当額を加えた金額であると主張し、同金額の損害賠償を求めている。
これに対し、Yは、本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について、本件訴訟の提起前に短期消滅時効が完成していると主張して、これを援用した。
なお、Xが遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の相手方がYであることを知ったことは、当事者間に争いがない。
原審の判断
原審は、物損の損害賠償請求権の消滅事故について、人損も含めた全損害が確定した時から進行すると判断しました。
同一の交通事故により被害者に身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じた場合、被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、被害者が、加害者に加え、当該交通事故による損害の全体を知った時から進行するものと解するのが相当である。本件事故によりXには身体傷害及び車両損傷を理由とする各損害が生じたところ、Xが本件事故による損害の全体を知ったのは、症状固定の診断がされた平成27年8月25日であると認めるのが相当であるから、本件訴訟が提起された平成30年8月14日の時点では、XのYに対する本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は完成していなかった。
最高裁の判断
最高裁は、物損の損害賠償請求権の消滅時効は、人損の損害が確定していなくても、物損の損害と加害者を知った時から人損とは別に進行すると判断しました。
交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行するものと解するのが相当である。
なぜなら、車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは、これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、被侵害利益を異にするものであり、車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって、そうである以上、上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は、請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである。
Xは、本件事故の日に少なくとも弁護士費用に係る損害を除く本件車両損傷を理由とする損害を知ったものと認められ、遅くとも平成27年8月13日までに本件事故の加害者を知ったものであるから、本件訴訟提起時には、XのYに対する不法行為に基づく上記損害の賠償請求権の短期消滅時効が完成していたことが明らかである。また、上記損害の賠償請求が認められない以上、そのための訴訟の提起・追行に要した弁護士費用に係る損害の賠償請求も認められないというべきである。