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人身傷害保険会社が回収した自賠責保険金を損害賠償額から控除できるか?を判断した最高裁判決


人傷社が受領した自賠責保険金を損害賠償から控除できるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁令和4年3月24日判決

 交通事故の被害者が、人身傷害保険金を受領した場合、人身傷害保険会社は、加害者の自賠責保険に求償します。本判決では、人身傷害保険会社が受領した自賠責保険金を被告の損害賠償から控除することができるか?が争われました。

事案の概要

 Xは、平成29年4月25日、普通乗用自動車を運転中、交差点において、Y運転の普通乗用自動車と衝突し、頸椎捻挫等の傷害を受けた。

 本件事故によりXに生じた弁護士費用相当額を除いた損害の額(以下、同じ)は、合計341万1,398円であるが、本件事故におけるXの過失割合は3割であることから、上記割合により過失相殺をすると、XがYに対して賠償請求することができる損害金の額は、238万7,979円となる。

 Xは、本件事故によって生じた損害について、平成29年6月までに、Yが締結する対人賠償責任保険契約に基づく保険金23万8、237円の支払を受け、平成30年3月12日には、自賠責保険から後遺障害による損害賠償額の支払として75万円を受領した。

 Xの夫は、本件事故当時、A保険会社との間で、人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約を締結しており、Xは上記条項に係る被保険者であった。

 本件約款中の人身傷害条項及び基本条項には、要旨、次のような定めがあった。

 (1)A保険会社は、被保険車両の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害に対して、保険金を支払う。

 (2)A保険会社の支払う人身傷害保険金の額は、人身傷害保険金額を限度として、本件約款所定の算定基準に従い算定された損害額(その額が自賠責保険から支払われる金額を下回る場合には、自賠責保険によって支払われる金額となる。また、賠償義務者があり、かつ、判決又は裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が上記算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、その基準により算出された額のうち、訴訟費用等を除いた額となる。)から、人身傷害保険金の請求権者に対して自賠責保険によって支払われた金員等の既払額を差し引いた額とする。

 (3)上記(1)の損害が生じたことにより人身傷害保険金の請求権者が損害賠償請求権その他の債権を取得し、その損害に対してA保険会社が支払った人身傷害保険金の額が上記イの損害額の全額に満たない場合には、上記債権の額から、人身傷害保険金が支払われていない損害の額を差し引いた額の限度で、上記債権がA保険会社に移転する。

 Xは、本件事故に関して、平成29年5月6日、A保険会社に対し、本件保険契約に基づき、対人賠償保険金及び人身傷害保険金を請求した。その際、XがA保険会社に提出した請求書には、①対人賠償保険金の請求で、自賠責保険金相当額との一括払により保険金を受領した場合は、自賠法に基づく保険金の請求受領に関する一切の権限をA保険会社に委任する旨、②人身傷害保険金を受領した場合は、その額を限度としてXが有していた賠償義務者に対する損害賠償請求権及び自賠法に基づく損害賠償額の請求受領権がA保険会社に移転することを確認する旨の各記載があった。

 Xは、同月31日、A保険会社から、自ら自賠責保険に直接請求するという方法がある旨の説明を受けた上で、人身傷害保険金について、A保険会社が自賠責保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払うことを承諾した。

 Xは、平成30年5月24日、A保険会社に対し、本件保険契約に基づく人身傷害保険金を受領するに当たり、「保険金のお支払いについての協定書」を提出した。本件協定書には、Xが、本件事故によるXのYに対する損害賠償請求権は、自賠責保険への請求権を含め、受領した人身傷害保険金の額を限度としてA保険会社に移転することを承認する旨の記載があった。

 Xは、本件事故によって生じた損害について、A保険会社から、平成30年5月15日までに14万6,683円、同月30日に96万3,498円の各支払を受けた。本件約款所定の算定基準に従い算定された本件事故によって生じたXの損害額(209万8,418円)は、本件保険契約における人身傷害保険金額の限度内であり、本件支払金は、上記損害額から、Xが受領した上記の既払額(Yが締結する対人賠償責任保険契約に基づく保険金23万8,237円と自賠責保険から後遺障害による損害賠償額の支払として受領した75万円の合計額)を控除した額と同額であった。本件支払金の全額が人身傷害保険金であるとした場合には、本件代位条項に基づきA保険会社が代位取得するXの債権の範囲は8万6,762円である。

 A保険会社は、その後、本件事故について、自賠責保険からXの傷害による損害賠償額の支払として83万5,110円を受領した。

争点

 本判決は,被害者が加害者から損害賠償を受領する前に,人身傷害保険金を受領した人身傷害保険先行の事案です。争点になったのは,人傷社が被害者に代位して回収した自賠責保険金を被害者の損害賠償額から控除することができるのか?です。この問題については,人身傷害保険と自賠責でも取り上げているので,そちらの記事もご参照ください。

 本判決の争点を図で示すと,このようになります。

 図の①は,被害者の過失部分を超過するA保険会社が代位できる範囲です。

 図の②は,A保険会社が支払った人身傷害保険金から回収した自賠保険金を控除した部分です。

 図の最後の認容額は,原審が認容した金額(図の最後のグラフが原審の考え方)です。

原審の判断

 原審は,人傷会社が受領した自賠責保険金を損害賠償から控除しました。

 Xは,自賠責保険に直接請求することもできるという選択肢を示されながら,A保険会社が自賠責保険金を含めて保険金を一括して支払うことを承諾し,Xが人身傷害保険金を受領した場合は,その額を限度としてXが有していた自賠責保険金の請求受領権がA保険会社に移転することを確認したのであるから,XとA保険会社との間では,XがA保険会社から受領する保険金には自賠責保険金が含まれるとの合意があったものということができる。また,本件協定書によれば,Xは,A保険会社に対し,受領した人身傷害保険金の限度で自賠責保険金の受領権限を委任したものと解される。そうすると,A保険会社は,Xの委任に基づき本件自賠金の支払を受けたものであり,Xは,これに先立ち本件支払金を受領したことにより本件自賠金の支払を受けたことになると解すべきである。したがって,XのYに対する損害賠償請求権の額から本件自賠金に相当する額を全額控除することができる。

最高裁の判断

 最高裁は,以下のとおり,人傷会社が受領した自賠責保険金を損害賠償から控除できないと判断しました。

 本件約款によれば,人身傷害条項の適用対象となる事故によって生じた損害についてA保険会社が保険金請求権者に支払う人身傷害保険金の額は,保険金請求権者が同事故について自賠責保険から損害賠償額の支払を受けていないときには,上記損害賠償額を考慮することなく所定の基準に従って算定されるものとされている。このことからすれば,A保険会社と保険金請求権者との間で,人身傷害保険金について,A保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意をした場合であっても,本件のようにA保険会社が人身傷害保険金として給付義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないときには,保険金請求権者としては人身傷害保険金のみが支払われたものと理解するのが通常であり,そこに自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれているとみるのは不自然,不合理である。加えて,本件代位条項によれば,人身傷害保険金を支払ったA保険会社は,人身傷害保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が,被害者について社会通念上妥当であると認められる判決等の基準により算出された過失相殺前の損害額に相当する額を上回るときに限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の賠償義務者等に対する債権を代位取得するものとされているので,本件のように被害者の損害について過失相殺がされる場合には,A保険会社が人身傷害保険金の支払により代位取得することができる上記債権の範囲は保険金支払額を下回ることとなる。この場合において,人傷一括払合意によりA保険会社が支払う金員の中に自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれるとして,当該支払分の全額についてA保険会社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受けることができるものと解すると,A保険会社が,別途,人身傷害保険金を追加払しない限り,A保険会社が最終的に負担する額が減少し,被害者の損害の塡補に不足が生ずることとなり得るが,このような事態が生ずる解釈は,本件約款が適用される自動車保険契約の当事者の合理的意思に合致しないものというべきである。 また,本件保険金請求書では,対人賠償保険金の請求において自賠責保険金相当額との一括払により保険金を受領した場合には,自賠法に基づく保険金の請求及び受領に関する一切の権限をA保険会社に委任するものとされているのに対し,人身傷害保険金を受領した場合には,その額を限度としてXが有していた賠償義務者に対する損害賠償請求権及び自賠法に基づく損害賠償額の支払請求権がA保険会社に移転することを確認するものとされており,対人賠償保険金の受領の場合と人身傷害保険金の受領の場合とで異なる説明内容となっている。さらに,本件協定書においても,XのYに対する損害賠償請求権及び自賠責保険への請求権は,Xが受領した人身傷害保険金の額を限度としてA保険会社に移転することを承認するものとされている。人身傷害保険金の受領に関する上記各書面の説明内容と本件代位条項を含む本件約款の内容とを併せ考慮すると,上記各書面の説明内容は,A保険会社が本件代位条項に基づき保険代位することができることについて確認あるいは承認する趣旨のものと解するのが相当であり,XがA保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任する趣旨を含むものと解することはできない。人傷一括払合意をしていたことは,上記の解釈を左右するものとは解し難く,そのほか,人身傷害保険金の支払を受けるに当たり,XがA保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したものと解すべき事情も存しない。

 以上によれば,本件においては,XがA保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したと解することはできず,A保険会社がXに対して本件支払金を支払ったことにより自賠責保険による損害賠償額の支払がされたことになると解することもできない。本件支払金は,その全額について,本件保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものといえるから,A保険会社は,この支払により保険代位することができる範囲において,自賠責保険に対する請求権を含むXの債権を取得し,これによりXはYに対する損害賠償請求権をその範囲で喪失したものと解すべきであり,その後にA保険会社が本件自賠金の支払を受けたことは,XのYに対する損害賠償請求権の有無及び額に影響を及ぼすものではない。

 したがって,XのYに対する損害賠償請求権の額から,A保険会社が本件支払金の支払により保険代位することができる範囲を超えて本件自賠金に相当する額を控除することはできないというべきである。


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