交通事故に基づく後遺障害による逸失利益が定期金賠償の対象になるか?を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和2年7月9日判決
交通事故により傷害を負った被害者に後遺障害が残った事案です。
損害賠償として、後遺障害による逸失利益について定期金賠償を求めることができるか?が争われた事案です。
一時金方式と定期金方式
不法行為に基づく損害賠償の支払いには、①一時金方式と②定期金賠償という方式が存在します。
①一時金方式は、損害賠償額を一括で支払うという方式です。一方、②定期金賠償は、賠償金を一括で支払うのではなく、定期的に、たとえば、毎月支払うという方式です。
不法行為に基づく損害賠償請求の賠償金は、通常、被害者は、一時金での支払いを求め、裁判所も一時金での賠償を肯定します。
一時金方式は、1度にすべての賠償金を受領でき、紛争の一回的解決というメリットがあります。また、将来的に加害者が支払不能に陥るかもしれないというリスクを回避できます。もっとも、加害者が一時金による巨額の賠償金を支払わなければならないことで、経済的に破綻するデメリットもあります。
他方、被害者が定期金賠償の支払いを求めている場合、裁判所は、定期金による支払いを命じる判決をすることも可能です。
定期金賠償は、長期間にわたって、被害者やその遺族の生活を保障できるというメリットがあります。また、加害者にとっても、一時金による巨額の賠償金による経済的破綻を回避することが可能です。ただし、加害者が将来、履行不能に陥るリスクがあります。
事案の概要
Xは、平成19年2月3日、道路を横断中に、Y1が運転する大型貨物自動車に衝突された。この事故による過失割合はX:Y1=2:8である。
Xは、本件事故により脳挫傷、びまん性軸索損傷等の傷害を負い、高次脳機能障害の後遺障害が残った。Xの後遺障害は、自賠責保険の別表2第3級3号に該当し、労働能力のすべてを喪失した。
Xは、後遺障害による逸失利益として、就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月から67歳になる月までの間に取得すべき収入額をその間の各月に、定期金により支払うことを求めた。
最高裁の判断
最高裁は、後遺障害による逸失利益について、定期金賠償の対象となることを肯定しました。もっとも、常に、定期金賠償を求めることはできないと解しているようです。
同一の事故により生じた同一の身体傷害を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務は1個で、その損害は不法行為時に発生する。したがって、被害者が事故によって身体傷害を受け、その後に後遺障害が残った場合、労働能力の全部又は一部の喪失により将来において取得すべき利益を喪失したという損害についても、不法行為時に発生したものとして、その額を算定し、一時金による賠償を命じることができる。しかし、この損害は、不法行為時からは相当な時間が経過した後、逐次現実化する性質のものであり、その額の算定は、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ないものであるから、将来、算定の基礎となった後遺障害の程度、賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ、算定した損害額と現実化した損害額との間に大きな乖離が生じることもあり得る。民法は、不法行為に基づく損害賠償の方式について、一時金による賠償によらなければならないものとは規定しておらず、民訴法117条は、定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起できると規定している。その趣旨は、口頭弁論終結前に生じているがその具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害については、実体に即した賠償を実現するために定期金による賠償が認められる場合があることを前提として、そのような賠償を命じた確定判決の基礎となった事情について、口頭弁論終結後に著しい変更が生じた場合には、事故後的にその乖離を是正し、現実化した損害額に対応した損害賠償額とすることが公平に適うということにある。
不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者に賠償させることで、被害者が被った不利益を補填し、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。また、損害の公平な分担を図ることをその理念とする。このような目的と理念に照らすと、交通事故に起因する後遺障害による逸失利益という損害につき、将来において取得すべき利益の喪失が現実化する都度これに対応する時期にその利益に対応する定期金の支払をさせるとともに、乖離が生じる場合には民訴法117条によりその是正を図ることができるようにすることが相当と認められる場合があるというべきである。
交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、定期金による賠償の対象となる。
交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について一時金による賠償を求める場合における逸失利益の額の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、死亡の原因となる具体的事由が存在しない限り、死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきではない。定期金という方法に基づく場合も、交通事故の時点で発生した1個の損害賠償請求権に基づき、一時金による賠償と同一の損害を対象とするものである。上記特段の事情がないのに、交通事故の被害者が事故後に死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害の填補を受けることができなくなることは、一時金による賠償と定期金による賠償のいずれの方法によるかにかかわらず、衡平の理念に反する。したがって、後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命じる場合においても、その後就労可能期間の終期より前に被害者が死亡したからといって、上記特段の事情がない限り、就労可能期間の終期は被害者の死亡時となるのではない。