心因的要因に関して、素因減額できるかどうか?を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁昭和63年4月21日判決
交通事故によって、むち打ちの傷害を負った被害者が10年以上にわたって、入通院を繰り返したという事案です。
交通事故によるケガは、交通事故以外のケガよりも治療期間が長引く傾向があります。10年は極端にしても、治療が長引いているのは、被害者の心因的要因によるのではないか?という問題が生じ、保険会社と争いになることがあります。
事案の概要
昭和44年3月20日被上告人は、加害車を、時速40キロメートル又は50キロメートルの速度で、上告人が同乗し、その夫が運転している被害車の15メートルないし18メートル後方を追従して進行中、被害車が突然急停車したので、急ブレーキをかけて停止しようとしたが間に合わず、被害車の後部に自車の前部を接触させた。接触の際、夫はブーキを踏んでいなかつたため、被害車は若干前に押し出された。しかし、その衝撃の程度は軽度であつたが、接触の衝撃は、人体に感じうるものであつた。
上告人は、同月22日、病院に行き、同病院の医師に対し、当初は何の異常もなかつたが、暫くして気分が悪くなり、頭、頸に痛みがあり吐き気がする等と訴えて同医師の診察を受けたところ、外傷性頭頸部症候群として約50日の安静加療を必要とするとの診断で入院を勧められたため、即日入院し、牽引、消炎剤、止血剤の投与等の治療を受けた。同年5月29日ころから軽いマッサージの治療が始まつたが、同年8月ころから頑固な頭痛、頸部強直、流涙等の症状が続き、昭和45年ころには頸部強直、左半身のしびれ、頭痛、嘔気、流涙等の症状が固定し、用便等のほかはほとんど離床せず、昭和46年12月15日ころまで注射、湿布及び赤外線・超短波・マッサージ等の物理療法による治療が継続された。上告人は、同日ころ病院を退院し、その後は自宅で療養を継続したが、時々医師の往診を受けた。昭和49年10月当時頭痛、頸部痛、肩部痛、左上下肢がきかない、左上下肢のしびれ感、左足背部感覚障害、吐き気、左耳鳴、腰痛、体重減少の病状がある旨の訴えがあり、食事は自分で箸を持つてしていたが、外出時には頸部をコルセットで固定していた。その後、昭和52年7月5日総合病院において頭部外傷後遺症、頸部変形症と診断され、同日から昭和54年1月30日まで同病院に入院し、頭痛、頭重感、めまい、肩部痛、背部痛、嘔気、手足のしびれ感等の症状がある旨訴え、点滴静脈注射、マッサージ等の理学的療法等の治療を受け、同日同病院を退院し、即日脳神経外科・外科医院に入院し、頸椎症候群、大後頭神経痛の診断を受け、同日以降は頭痛、項部痛、両肩疼痛、眠気、嘔吐、嘔気、両手のしびれ感等の症状がある旨訴え、点滴静脈注射、鎮痛剤投与、マッサージ等の理学的療法等の治療が継続された。同年7月31日同病院を退院し、その後同医院に通院治療を受けた。最近では寝ていることは少なくなり、頭痛、項部痛の頻度が減少し、嘔吐、嘔気は消失し、日常生活は徐々に活発化してきている。
当初の医師の行つた安静加療約50日を要する旨の診断は、客観的な検査結果及びその後の所見から判断して、医師の常識を超えた診断であり、安静加療2週間又は3週間と診断するのが相当であつたと考えられるが、医師が上記診断をした原因としては、上告人の誇張した愁訴があつたことが窺われ、同病院で初診時に撮影したレントゲン写真によると、上告人の第四・第五頸椎間に軽度の角状形成と第四頸椎の約2ミリメートルの前方へのすべり及び第五頸椎体前上縁の幼若な骨棘形成像が認められるが、これは老人性変性現象によるもので、他に他覚的所見として明らかなものは、頸椎運動の制限のみであり、上告人の症状には心理的な要因が多分に影響していること、同病院の治療も上告人の愁訴を鵜のみにして行つていたこと、上告人には回復への自発的意欲を欠いていたことが窺われ、本訴における鑑定のため実施された上告人に対する諸検査の結果によると、上告人は、頸部が全く硬直して動かず、他動的に動かそうとすると強く抵抗を示すが、これはレントゲン写真上、頸部が全く硬直して動かないことはありえないということと矛盾し、上告人の意思が介在しているか、少なくとも上告人の自発性の欠如が原因と考えられる等、上告人の性格は、自己暗示にかかりやすく、自己中心的で、神経症的傾向が極めて強かった。
外傷性頭頸部症候群とは、追突等によるむち打ち機転によつて頭頸部に損傷を受けた患者が示す症状の総称であり、その病状は、身体的原因によつて起こるばかりでなく、外傷を受けたという体験によりさまざまな精神症状を示し、患者の性格、家庭的、社会的、経済的条件、医師の言動等によつても影響を受け、ことに交通事故や労働災害事故等に遭遇した場合に、その事故の責任が他人にあり損害賠償の請求をする権利があるときには、加害者に対する不満等が原因となつて症状をますます複雑にし、治癒を遷延させる例も多く、衝撃の程度が軽度で損傷が頸部軟部組織(筋肉、靱帯、自律神経など)にとどまつている場合には、入院安静を要するとしても長期間にわたる必要はなく、その後は多少の自覚症状があつても日常生活に復帰させたうえ適切な治療を施せば、ほとんど1か月以内、長くとも2、3か月以内に通常の生活に戻ることができるのが一般である。
最高裁の判断
心因的要因の素因減額について、最高裁は一般論として次のように判断し、素因減額を肯定しています。
身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる。
その上で、最高裁は次のように判断し、原審の判断を是認しています。
上告人は本件事故により頭頸部軟部組織に損傷を生じ外傷性頭頸部症候群の症状を発するに至ったが、これにとどまらず、上告人の特異な性格、初診医の安静加療約50日という常識はずれの診断に対する過剰な反応、本件事故前の受傷及び損害賠償請求の経験、加害者の態度に対する不満等の心理的な要因によって外傷性神経症を引き起こし、更に長期の療養生活によりその症状が固定化したものと認めるのが相当であり、この上告人の症状のうち頭頸部軟部組織の受傷による外傷性頭頸部症候群の症状が被上告人の惹起した本件事故と因果関係があることは当然であるが、その後の神経症に基づく症状についても右受傷を契機として発現したもので、その症状の態様からみて、病院退院後自宅療養を開始したのち約3か月を経過した日、すなわち事故後3年を経過した昭和47年3月20日までに、各症状に起因して生じた損害については、本件事故との間に相当因果関係があるものというべきであるが、その後生じた分については、本件事故との間に相当因果関係があるものとはいえない。また、上告人の訴えている症状のうちには上告人の特異な性格に起因する症状も多く、初診医の診断についても上告人の言動に誘発された一面があり、更に上告人の回復への自発的意欲の欠如等があいまって、適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと考えられ、このような事情のもとでは、本件事故による受傷及びそれに起因して3年間にわたつて上告人に生じた損害を全部被上告人らに負担させることは公平の理念に照らし相当ではない。すなわち、この損害は本件事故のみによって通常発生する程度、範囲を超えているものということができ、かつ、その損害の拡大について上告人の心因的要因が寄与していることが明らかであるから、本件の損害賠償の額を定めるに当たっては、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した上告人の右事情を斟酌することができるものというべきである。そして、前記事実関係のもとでは、事故後昭和47年3月20日までに発生した損害のうちその四割の限度に減額して被上告人らに負担させるのが相当である。