疾患に関して,素因減額できるかどうかを判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁平成4年6月25日判決

 交通事故前に一酸化炭素中毒にり患していた被害者が,交通事故による頭部打撲傷が引き金になり,一酸化炭素中毒の症状が顕在化し,交通事故の約3年後に死亡したという事案です。

事案の概要

 本件事故は,昭和52年11月25日に発生した。被害者は,本件事故前の昭和52年10月25日早朝,タクシー内でエンジンをかけたまま仮眠中,一酸化炭素中毒にかかり,意識もうろう状態で内野病院に入院し,翌日意識が戻り,11月7日に退院して直ちにタクシーの運転業務に従事したが,一酸化炭素中毒の程度は必ずしも軽微なものではなかった。

 被害者は,本件事故直後,意識が比較的はっきりしており,加害者や臨場した警察官の質問に対して不十分ながらも対応していた。動作には精神症状に問題のあることをうかがわせるような不自然な点がみられたが,これといった外傷もなく,被害者から頭部の痛み等の訴えもなかった。しかし,被害者は,ほどなく記憶喪失に陥り,一人で自宅に戻れなくなったため,長男が引取りに出向いた。

 被害者は,その後,自宅療養を続けていたところ,煙草を二本同時に吸おうとするなど奇異な振舞いを示すこともあって,同月30日,外科病院に入院し,頭部外傷,外傷性項部痛症と診断されたが,精神症状の存在を理由に精神病院への転院を指示された。

 被害者は,12月7日,精神科で診察を受け,痴呆様行動,理解力欠如,失見当識,記銘力障害,言語さてつ症等の多様な精神障害が生じていると診断され,同月16日に入院し,以後,同病院で治療を受けたが,症状が改善しないまま,昭和55年12月29日,呼吸麻痺を直接の原因として死亡した。

最高裁の判断

 最高裁は次のように述べ,一般論として,損害の発生について被害者の疾患が寄与している場合に,その疾患を斟酌し,損害額を減額することができると判断しています。

 被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である。けだし,このような場合においてもなお,被害者に生じた損害の全部を加害者に賠償させるのは,損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に反するものといわなければならないからである。

 その上で,最高裁は原審の判断を是認しています。その理由は次のとおりです。

 被害者の上記精神障害は,頭部打撲傷等の頭部外傷及び一酸化炭素中毒のそれぞれの症状に共通しているところ,昭和54年6月ころのCTスキャナーによる脳室の撮影では,被害者の脳室全体の拡大(脳の萎縮)がみられ,これは頭部外傷を理由とするだけでは説明が困難である。被害者は,本件事故により頭部,頚部及び脳に対し相当に強い衝撃を受け,これが一酸化炭素中毒による脳内の損傷に悪影響を負荷し,本件事故による頭部打撲傷と一酸化炭素中毒とが併存競合することによって,一たんは潜在化ないし消失していた一酸化炭素中毒における各種の精神的症状が本件事故による頭部打撲傷を引金に顕在発現して長期にわたり持続し,次第に増悪し,ついに死亡したと推認するのが相当である。

 本件事故後,被害者が前記精神障害を呈して死亡するに至ったのは,本件事故による頭部打撲傷のほか,本件事故前にり患した一酸化炭素中毒もその原因となっていたことが明らかである。そして,原審は,前記事実関係の下において,被害者に生じた損害につき,一酸化炭素中毒の態様,程度その他の諸般の事情をしんしゃくし,損害の50パーセントを減額するのが相当である。