交通事故において、道路管理者の道路管理の瑕疵の有無が問題になった最高裁判決を紹介します。
最高裁平成22年3月2日判決
運転者や車両に問題がなくても、道路の状態に問題があったために,交通事故が発生した場合、道路管理者である国等が責任を負うことがあります。本判決は、道路管理の瑕疵が問題になりました。
事案の概要
Aは、平成13年10月8日午後7時51分ころ、高速自動車国道である北海道縦貫自動車道函館名寄線において、A車(普通乗用車)を運転して走行中、約100m前方の中央分離帯付近から飛び出してきたキツネとの衝突を避けようとして急激にハンドルを切り、その結果、A車は、横滑りして中央分離帯に衝突し、車道上に停止した。そして、同日午後7時53分ころ、車道上に停車中のA車に後続車が衝突し、Aは、これにより頭蓋底輪状骨折等の傷害を負い、そのころ死亡した。
本件事故現場は、北海道苫小牧市の郊外であり、上記自動車道の苫小牧西インターチェンジと苫小牧東インターチェンジとの間の区間にある。本件事故現場の周囲は原野であり、本件道路は、ほぼ直線で、見通しを妨げるものはなかった。
本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が、平成11年は25件、平成12年は34件、平成13年は本件事故日である同年10月8日時点で46件発生していた。また、上記自動車道の別の区間で、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとした自動車が中央分離帯に衝突しその運転者が死亡する事故が、平成6年に1件発生していた。
本件道路には、動物注意の標識が設置されており、また、動物の道路への侵入を防止するため、有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されていた。有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20㎝の間隔があり、金網の柵と地面との間には約10㎝の透き間があった。日本道路公団が平成元年に発行した「高速道路と野生生物」と題する資料には、キツネ等の小動物の侵入を防止するための対策として、金網の柵に変更した上、柵と地面との透き間を無くし、動物が地面を掘って侵入しないように地面にコンクリートを敷くことが示されていた。
最高裁の判断
最高裁は次のように判断し、道路管理者の賠償責任を否定しました。
本件道路には有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されているものの、有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20㎝の間隔があり、金網の柵と地面との間には約10㎝の透き間があったため、このような柵を通り抜けることができるキツネ等の小動物が本件道路に侵入することを防止することはできなかったものということができる。しかし、キツネ等の小動物が本件道路に侵入したとしても、走行中の自動車がキツネ等の小動物と接触すること自体により自動車の運転者等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく、通常は、自動車の運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待することができるものというべきである。このことは,本件事故以前に、本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が年間数十件も発生していながら、その事故に起因して自動車の運転者等が死傷するような事故が発生していたことはうかがわれず、北海道縦貫自動車道函館名寄線の全体を通じても、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとしたことに起因する死亡事故は平成6年に1件あったにとどまることからも明らかである。
これに対し、本件資料に示されていたような対策が全国や北海道内の高速道路において広く採られていたという事情はうかがわれないし、そのような対策を講ずるためには多額の費用を要することは明らかであり、加えて、上記事実関係によれば、本件道路には、動物注意の標識が設置されていたというのであって、自動車の運転者に対しては、道路に侵入した動物についての適切な注意喚起がされていたということができる。
これらの事情を総合すると、上記のような対策が講じられていなかったからといって、本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたということはできず、本件道路に設置又は管理の瑕疵があったとみることはできない。