自動車保険の故意免責に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁平成5年3月30日判決
故意によって生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は、傷害の故意に基づく行為の場合に適用されるか?が争われた事案です。
事案の概要
Xは、Yと同棲していた女性AをめぐってYと対立していたところ、昭和54年10月10日、甲府市内の道路上において、同人から逃れるため、Aを普通乗用自動車に乗せて発進しようとしていたが、同人は、運転席側のロックされたドアのノブをつかんで開けようとしたり、ドアを蹴るなどしながら、同車の発進を阻止しようとした。このため、Xは、同車を徐々に発進走行させたが、Yがなおもノブをつかみ、ウインドガラスをたたきながら「降りてこい。」などと言って横歩きで並進してついてきたので、同人を振り切って逃げるため、同人を路上に転倒させ負傷させることのあることを認識しながらあえてこれを認容し、同車を時速15キロメートルから20キロメートル程度に急加速したところ、同人は路上に転倒して、頭蓋冠線状骨折等の傷害を負い、3日後に死亡した。
Xは、本件加害車両につき、自己を記名被保険者として、被上告人との間で、自家用自動車保険契約を締結していたところ、保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款第一章賠償責任条項には、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときは、損害賠償請求権者は、保険会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、直接保険会社に対して所定の損害賠償額の支払を請求できる旨の条項(6条)及び保険会社は、保険契約者、記名被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意によって生じた損害をてん補しない旨の条項(7条1項1号)がある。
原審の判断
原審は、Xの行為について故意免責条項の適用があると判断しました。
本件免責条項にいう「故意」にはいわゆる未必の故意も含まれ、かつ、本件免責条項は、傷害の故意により被害者を死亡させた場合にも適用されると判断して、上告人らの請求を認容した一審判決を取り消し、上告人らの請求を棄却した。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を覆し、本件において、故意免責条項は適用されないと判断しました。
傷害の故意に基づく行為により予期しなかった死の結果を生じた場合には、加害者は、行為と被害者の死亡との間に相当因果関係が認められる限り、その死亡に伴う全損害につき損害賠償責任を負担することになるが、このことから直ちに、傷害の故意に基づく行為により予期しなかった死の結果を生じた場合に、本件免責条項により免責の効果が発生するものと解するのは相当でない。
ここで問題となるのは、加害者の負担すべき損害賠償責任の範囲ではなく、本件免責条項によって保険者が例外的に保険金の支払を免れる範囲がどのようなものとして合意されているのかという保険契約当事者の意思解釈の問題であるからである。そして、本件免責条項にいう「故意によって生じた損害」の解釈に当たっては、当該条項が保険者の免責という例外的な場合を定めたものであることを考慮に入れつつ、予期しなかった死亡損害の賠償責任の負担という結果についても保険契約者、記名被保険者等(原因行為者)の「故意」を理由とする免責を及ぼすのが一般保険契約当事者の通常の意思であるといえるか、また、そのように解するのでなければ、本件免責条項が設けられた趣旨を没却することになるかという見地から、当事者の合理的意思を定めるべきものである。
以上の見地に立って考えると、傷害と死亡とでは、通常、その被害の重大性において質的な違いがあり、損害賠償責任の範囲に大きな差異があるから、傷害の故意しかなかったのに予期しなかった死の結果を生じた場合についてまで保険契約者、記名被保険者等が自ら招致した保険事故として免責の効果が及ぶことはない、とするのが一般保険契約当事者の通常の意思に沿うものというべきである。また、このように解しても、一般に損害保険契約において本件免責条項のような免責約款が定められる趣旨、すなわち、故意によって保険事故を招致した場合に被保険者に保険金請求権を認めるのは保険契約当事者間の信義則あるいは公序良俗に反するものである、という趣旨を没却することになるとはいえない。
本件免責条項は、傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合については適用されないものと解するのが相当である。