交通事故の被害者の身体的特徴に関して、素因減額できるか?を判断した最高裁判決を紹介します。
頸椎後縦靭帯骨化症事件(最高裁平成8年10月29日)
被害者の身体的特徴について素因減額することができるか?を判断した最高裁判決が、平成8年10月29日に2つ出されました。このうち、被害者が交通事故前に頸椎後縦靭帯骨化症にり患していた事案を取り上げます。
事案の概要
上告人は普通乗用自動車を運転して走行中、被上告人の運転する普通乗用自動車に自車を追突させた。被上告人は、本件事故の翌日、医師から頸椎捻挫、腰椎捻挫と診断され治療を受けていたが、転医した病院における検査の結果、頸椎に後縦靱帯の骨化が認められ、本件事故の翌日に撮影されたエックス線写真からも後縦靱帯の骨化が認められた。被上告人は、本件事故前から頸椎後縦靱帯の骨化が進行し、神経症状を起こしやすい状態にあつたところ、本件事故による衝撃を受けて頸部運動制限、頸部痛などの症状が発現した。
原審の判断
被上告人が本件事故前から頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していたことが被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることは明白であるが、本件事故前、被上告人は右疾患に伴う症状は何ら発現しておらず健康な日々を送つていたこと、頸椎後縦靱帯骨化症は、発症の原因もわからない難病の一種であるが、近年、我が国においては決してまれではない疾患であり、被上告人には右疾患に罹患するについて何ら責められるべき点はないこと、本件事故により上告人が被上告人の頸部に与えた衝撃は決して軽いものではなく、被上告人にこの素因がなくとも、相当程度の傷害を与えていた可能性が高いと推測されること、腰痛症や老化からくる腰椎や頸椎の変性等何らかの損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者は多数存在している。
原審は、以上の点を指摘し、被害者が交通事故前から頸椎後縦靱帯骨化症にり患していたことを以って、素因減額することはできないと判断しました。
最高裁の判断
最高裁は、次のように判断し、交通事故の被害者が頸椎後靭帯骨化症にり患していたことを以って、素因減額することができると判断しました。
被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となつて損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができる。
被上告人の本件疾患は頸椎後縦靱帯骨化症であるが、本件において被上告人の罹患していた疾患が被上告人の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白であるというのであるから、たとい本件交通事故前に右疾患に伴う症状が発現しておらず、右疾患が難病であり、右疾患に罹患するにつき被上告人の責めに帰すべき事由がなく、本件交通事故により被上告人が被つた衝撃の程度が強く、損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者が多いとしても、これらの事実により直ちに上告人らに損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに当たらないとはいえず、損害の額を定めるに当たり右疾患を斟酌すべきものではないということはできない。