自賠責保険の直接請求権と労災保険の求償権の優劣を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成30年9月27日判決
自動車同士の衝突事故によって、被害を受けたXが、加害車両の自賠責保険会社Yに自賠責保険の支払いを求めた事案です。
この交通事故は、労災だったので、Xは労災保険から給付を受けていました。Xが有していた自賠責保険への損害賠償請求権は、労災保険給付を受けた限度で、国に移転します(労災保険法12条の4第1項)。
それでは、自賠責保険会社Yに対するXの請求と国の請求が重なった場合、どちらが優先するのでしょうか?
また、本判決では、自賠責保険の支払いが、いつ遅滞に陥るのか?も問題になりました。
事案の概要
Xは、平成25年9月8日、トラック乗務員として中型貨物自動車を運転中、運転者の前方不注視等の過失により反対車線から中央線を越えて進入した加害車両と正面衝突した。Xは本件事故により左肩腱板断裂等の傷害を負い、左肩関節の機能障害等の後遺障害が残った。
国は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、平成27年2月までに、Xに対して、労災保険給付として、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付を行った。
その結果、本件事故におけるXの自賠法16条1項の直接請求権は、労災保険法12条の4第1項により、労災保険給付の価額の限度で国に移転した。
Xが労災保険給付を受けてもなお填補されない本件事故の損害額は、傷害303万5,476円、後遺障害290万円である。本件事故の自賠法保険の保険金額は、傷害120万円、後遺障害224万円である。
Xは、平成27年2月、本件事故の自賠責保険金額は、傷害120万円、後遺障害461万円と主張し、自賠責保険会社に対して保険金額の限度における損害賠償額と遅延損害金の支払いを求め、訴訟提起した。
最高裁の判断
最高裁は、自賠責保険の直接請求権と労災保険の求償権が競合した場合、被害者の直接請求権が優先すると判断しました。
被害者が労災保険給付を受けてもなお填補されない損害について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は国に優先して自賠責保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる。
自賠法16条1項は、保有者の損害賠償責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害の填補を受けれることにしてその保護を図るものである。被害者において、未填補損害額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生じることは、自賠法16条1項の趣旨に沿わない。
労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた事故について労災保険給付が行われた場合、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権が国に移転するとしている。これは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合、受給権者において填補された損害の賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきでないし、損害賠償責任を負う第三者も填補された損害について賠償責任を免れる理由はないことによる。労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うなどの労災保険法の目的に照らせば、政府が行った労災保険料の価額を国に移転した損害の賠償請求権によって賄うことが主目的であるとは解されない。
したがって、国に移転した直接請求権が行使されることによって、被害者の未填補損害についての直接請求権の行使が妨げられる結果が生じることは、労災保険法12条の4第1項の趣旨にも沿わない。