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交通事故の被害者が人傷社から受領した全額を損害賠償額から控除できるか?を判断した最高裁判決


人傷一括払いで、交通事故の被害者が人傷社から支払を受けた全額を損害賠償額から控除できるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁令和5年10月16日判決

 人身傷害保険の支払いについて、人傷社が人身傷害保険金と自賠責保険金を合わせて支払いをすることがあります。このような取扱いを人傷一括払いといいます。

 本件は、人傷社が人身傷害保険金3,000万円の他に、被害者遺族に3,000万円を支払った事案です。損害賠償額から人傷社が支払った6,000万円全額を控除することができるか?が争点になりました。

争点

 本件の争点は、人傷社が支払った6,000万円を損害賠償額から控除できるか?です。

 人傷社が支払った6,000万円の性質が問題になります。人傷一括払いの場合、人傷社が、人身傷害保険の支払基準を超えて、被害者に支払いをすることがあります。この場合、支払基準を超えた部分の支払は人身傷害保険金の支払ではありません。被害者が請求すべき自賠責保険金(正確には損害賠償額)を人傷社が代理受領し被害者に引渡したという構図になります。

本判決の争点

 原審は、6,000万円全額を自賠責保険からの損害賠償額の立替払いだと判断し、全額控除することを認めました。

 被害者遺族の主張は、6,000万円の内、3,000万円は人身傷害保険金の支払いであり、控除できるのは、人傷社が保険代位できる範囲に限られるというものです。

事案の概要

 Aは、平成28年5月2日、車道上に横臥していたところを被上告人Y運転の普通乗用自動車によりれき過され、更にその約8分後、その場に横臥していたところを被上告人Y運転の普通乗用自動車によりれき過されて、その後、死亡した。

 上告人Xは、Aの配偶者であり、上告人X、同X及び同Xは、いずれもAの子である。

 本件事故によりAに生じた損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、合計8,285万2,813円であり、上告人Xが2分の1、上告人子らが各6分の1の各割合で、Aの被上告人らに対する損害賠償請求権を相続した。上告人らの固有の損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人Xにつき、350万円であり、上告人子らにつき、各100万円である。本件事故におけるAの過失割合は3割であることから、上記割合により過失相殺をすると、上告人らが被上告人らに対して賠償請求することができる損害金の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人Xについては3,144万8,484円(円未満切捨て。以下同じ。)となり、上告人子らについては各1,036万6,161円となる。

 Aは、本件事故当時、人傷社との間で、人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約を締結しており、上記条項に係る被保険者であった。本件約款中の人身傷害条項及び基本条項には、要旨、次のような定めがあった。

(1) 人傷社は、被保険自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者又は配偶者若しくは子等に生じた損害に対して、人身傷害保険金を支払う。

(2) 人傷社の支払う人身傷害保険金の額は、人身傷害保険金額を限度として、本件約款所定の算定基準に従い算定された損害額(その額が自賠責保険から支払われる金額を下回る場合には、自賠責保険によって支払われる金額となる。また、賠償義務者があり、かつ、判決又は裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が上記算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、その基準により算出された額のうち、訴訟費用等を除いた額となる。)から、人身傷害保険金の請求権者に対して自賠責保険によって支払われた金員等の既払額を差し引いた額とする。

(3) 上記(1)の損害が生じたことにより人身傷害保険金の請求権者が損害賠償請求権その他の債権を取得し、その損害に対して人傷社が支払った人身傷害保険金の額がその損害の額の全額に満たない場合には、上記債権の額から、人身傷害保険金が支払われていない損害の額を差し引いた額の限度で、上記債権は人傷社に移転する。

 人傷社は、本件保険契約に基づき、本件事故によって生じた損害について、上告人らに対して人身傷害保険金を支払う義務を負うところ、本件保険契約における人身傷害保険金額は、3,000万円であり、本件約款所定の算定基準に従い算定される損害の額は、上記人身傷害保険金額を超えるものであった。

 人傷社は、平成28年9月6日、上告人らに対し、8,640円を支払った(「本件支払金1」)。また、人傷社は、同年12月15日、上告人Xから、「保険金のお支払についての仮協定書」(「本件仮協定書1」)を受領し、同月28日、上告人らに対し、2,999万1,360円を支払った(「本件支払金2」)。本件仮協定書1には、①人傷社により支払われる保険金の合計が3,000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨、②今回支払われる保険金を受領することにより、本件事故を原因とする上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権が上記保険金の額を限度として人傷社に移転することを承認する旨、③人傷社が自賠責保険への精算を行った後に、精算額を限度として最終協定を行うことを認める旨の各記載があった。なお、本件支払金1・2についての上告人らの各受領額は、上告人Xが1,500万円、上告人子らが各500万円である。

 人傷社は、その後、上告人Xから、「保険金のお支払についての仮協定書」(「本件仮協定書2」)を受領し、平成29年11月17日、上告人らに対し、3,000万円を支払った(「本件支払金3」)。本件仮協定書2には、人傷社により支払われる保険金の合計が6,000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨のほか、上記と同様の記載があった。なお、本件支払金3についての上告人らの各受領額は、上告人Xが1,500万円、上告人子らが各500万円である。

 人傷社は、平成30年1月11日、本件事故について、被上告人Yとの間で自賠責保険の契約を締結していた保険会社から、損害賠償額の支払として3,000万円を受領した。

 人傷社は、本件各支払金の全額について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であるとして内部処理をしている。上告人らと人傷社は、本件仮協定書1及び本件仮協定書2に記載された最終協定を締結していない。

原審の判断

 原審は、損害賠償額から人傷社から支払を受けた全額を控除すると判断しました。

 人傷社は、上告人らに対し、自賠責保険からの損害賠償額の支払分を含めて人傷社が一括して支払をすることとして本件各支払金を支払っており、その合計額(6,000万円)は本件保険契約における人身傷害保険金額(3,000万円)を超えるものであることに加え、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合計額と同額の6,000万円を受領したことや、人傷社における内部処理の状況を考慮すれば、本件各支払金は、人身傷害保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと認められる。したがって、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から本件各支払金の全額を控除すべきである。

最高裁の判断

 最高裁は、人傷社が支払た本件支払1・2について、損害賠償額からの控除を認めませんでした。

 本件約款によれば、人身傷害条項の適用対象となる事故によって生じた損害について人傷社が保険金請求権者に支払う人身傷害保険金の額は、保険金請求権者が上記事故について自賠責保険から損害賠償額の支払を受けていないときには、上記損害賠償額を考慮することなく所定の基準に従って算定されるものとされている。このような約款が適用される自動車保険契約を締結した保険会社が、保険金請求権者に対し、人身傷害保険金として給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合には、保険金請求権者との間で、上記保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険からの損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意をしていたとしても、上記保険会社が支払った金員は、特段の事情のない限り、その全額について、上記保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものというべきである。なぜなら、上記の場合には、保険金請求権者としては上記保険会社が給付義務を負う人身傷害保険金が支払われたものと理解するのが通常であり、人傷一括払合意をしていたということだけで、上記金員に自賠責保険からの損害賠償額の支払分が含まれているとみるのは不自然、不合理であり、加えて、上記金員に自賠責保険からの損害賠償額の支払分が含まれていると解すると、保険金請求権者の有する損害賠償請求権の額から控除される額に差異が生ずる結果、遅延損害金等の額において保険金請求権者に不利益が生じ得ることをも考慮すると、上記金員は、他にその支払の趣旨について別異に解すべき特段の事情のない限り、人身傷害保険金として支払われたものと解するのが当事者の合理的意思に合致するものというべきだからである。このことは、上記保険会社が、保険金請求権者に対し、当初、上記人身傷害保険金額に相当する額を支払い、その後、自賠責保険から損害賠償額の支払を受けて追加で金員を支払ったことにより、人身傷害保険金額を超える額の金員を支払うに至ったからといって、上記の当初支払分について、異なるものではない。

本件支払金1・2について

 これを本件についてみると、人傷社が上告人らに対して支払った本件支払金1・2の額の合計は、人傷社が本件保険契約に基づいて給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額である。そして、本件仮協定書1には、本件支払金1・2について、自賠責保険の保険金額を含む旨や、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権が本件支払金1・2の額を限度として人傷社に移転することを承認する旨の記載があるものの、これらの記載は、本件代位条項を含む本件約款の内容も併せ考慮すると、人傷社が人身傷害保険金の支払により本件代位条項に基づき保険代位することを承認する趣旨のものと解するのが相当であって、本件支払金1・2の支払について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であることを確認あるいは合意する趣旨を含むものと解することはできないし、他に、そのような趣旨を含む記載があることはうかがわれない。そのほか、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合計額と同額を受領したことや人傷社における内部処理の状況を踏まえても、本件支払金1・2について、人身傷害保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと解すべき特段の事情があるとはいえない。

 以上によれば、本件支払金1・2は、その全額について、本件保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものというべきであるから、人傷社は、この支払により保険代位することができる範囲において、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権を取得し、これにより上告人らは上記損害賠償請求権をその範囲で喪失したこととなる。

 したがって、本件支払金1・2については、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から、人傷社が本件支払金1・2の支払により保険代位することができる範囲を超える額を控除することはできないというべきである。

本件支払金3について

 他方、本件約款によれば、人傷社は、人身傷害保険金額を超えて人身傷害保険金を支払う義務を負わないから、本件支払金3は、人身傷害保険金として支払われたものでないことは明らかであり、前記事実関係等の下では、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものというべきである。したがって、本件支払金3については、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額からその全額を控除することができる。

Xの損害額(元本)

 上告人らが被上告人らに対して賠償請求することができる損害金の元本の額は、次のとおりとなる(いずれも弁護士費用相当額を除く。)。

 過失相殺後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額である3,144万8,484円と、本件支払金1・2のうち上告人Xが受領した1,500万円との合計額4,644万8,484円は、過失相殺前の上告人Xの損害の額である4,492万6,406円を上回り、人傷社は、その上回る部分に相当する152万2,078円の範囲で、本件支払金2の支払時に上告人Xの上記損害金元本の支払請求権を保険代位により取得する。よって、上記金額の限度で上告人Xは上記請求権を失うから、上記金額を上記損害金元本の額から控除すべきであり、本件支払金2が支払われた後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、2,992万6,406円となる。

 本件事故日から上記の代位取得の日である本件支払金2の支払日までの遅延損害金は、103万5,394円であり、上記支払日の翌日から本件支払金3の支払日までの遅延損害金は、132万8,206円である。本件支払金3のうち上告人 Xが受領した1,500万円は、上記各遅延損害金にまず充当され、その充当後の残額が上記損害金元本に充当される。そうすると、本件支払金3が支払われた後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、1,729万0,006円となる。

Xらの損害額(元本)

 過失相殺後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額である1,036万6,161円と、本件支払金1・2のうち上告人Xが受領した500万円との合計額1,536万6,161円は、過失相殺前の上告人Xの損害の額である1,480万8,802円を上回り、人傷社は、その上回る部分に相当する55万7,359円の範囲で、本件支払金2の支払時に上告人Xの上記損害金元本の支払請求権を保険代位により取得する。よって、上記金額の限度で上告人Xは上記請求権を失うから、上記金額を上記損害金元本の額から控除すべきであり、本件支払金2が支払われた後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、980万8,802円となる。

 本件事故日から上記の代位取得の日である本件支払金2の支払日までの遅延損害金は、34万1,290円であり、上記支払日の翌日から本件支払金3の支払日までの遅延損害金は、43万5,338円である。本件支払金3のうち上告人Xが受領した500万円は、上記各遅延損害金にまず充当され、その充当後の残額が上記損害金元本に充当される。そうすると、本件支払金3が支払われた後の上告人Xの損害賠償請求権に係る損害金元本の額は、558万5,430円である。

Xらの最終的な損害額

 以上によれば、上告人Xの請求は、被上告人らに対し、1,901万0,006円(弁護士費用相当額172万円を含む。)及びうち172万円に対する不法行為の日である平成28年5月2日から、うち1,729万0,006円に対する本件支払金3の支払日の翌日である平成29年11月18日から各支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、上告人子らの各請求は、それぞれ、被上告人らに対し、613万5,430円(弁護士費用相当額55万円を含む。)及びうち55万円に対する平成28年5月2日から、うち558万5,430円に対する平成29年11月18日から各支払済みまで上記割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから、これらを認容すべきであり、その余はいずれも理由がないから棄却すべきである。


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