交通事故の被害者が人身傷害保険から支払を受けると、保険代位の問題が生じます。
人身傷害保険の請求方法
被害者自身の保険である人身傷害保険は、使い方によっては、交通事故被害者の強い味方になります(詳細は、人身傷害保険参照)。その請求方法(請求の時期と言った方が適切かもしれません。)は、3つあります。
①人身傷害保険先行(人傷先行)
人傷先行とは、加害者からの賠償金を受領する前に、人身傷害保険を先行して受領することをいいます。
②賠償金先行
賠償金先行とは、加害者からの賠償金の受領後に、人身傷害保険を受領することです。
③被害者過失部分のみ受領
人身傷害保険のメリットの一つは、被害者の過失の有無にかかわらず、約款に従った保険金が支払われることです。多くの約款で、被害者の過失部分についてだけ人身傷害保険を受領するという請求が認められています。
この場合、保険会社は、被害者の過失部分のみを支払ったにすぎないので、損賠請求請求権への代位の問題は生じないことになります。
保険代位する
被害者が、人身傷害保険を受領した場合、被害者過失部分の請求を除き、保険会社は、加害者に対する損害賠償請求権に代位します。
被害者に過失がない場合は、支払った人身傷害保険金額の範囲で、保険会社は代位します。被害者に過失がある場合、保険会社は、どの範囲で請求権代位するのかが問題となります。
①絶対説、②比例説、③差額説の3つの考え方があることは、以前、説明しました(保険代位参照)。
差額説は2つに分かれる
保険法25条は、差額説を取ることを明らかしました。しかし、どの基準で差額説を取るのかについて規定していません。そのため、①人傷基準差額説と②訴訟(裁判)基準差額説の争いがありました。
人傷基準差額説
被害者が保険会社から支払われる人身傷害保険金と加害者からの賠償金によって、人身傷害保険の算定基準に基づく損害額が確保できるという見解です。
訴訟基準差額説
被害者が人身傷害保険金と加害者からの賠償金によって、訴訟基準で算定された損害額を確保できるという見解です。
以下、具体例に従って、それぞれの説を説明します。
人傷基準差額説
1億1,000万円(7,000万円+4,000万)-8,000万円=3,000万円→保険会社は、3,000万円について代位する
7,000万円-3,000万円=4,000万円→被害者は、加害者に4,000万円を請求できる
被害者は、人身傷害保険金と合わせて8,000万円を取得でき、人身傷害保険基準の損害額を全額確保できます。
訴訟基準差額説
人身傷害保険金4,000万円は、被害者の過失部分(3,000万円)に充当します。
4,000万円-3,000万円=1,000万円→保険会社は、1,000万円について代位する
7,000万円-1,000万円=6,000万円→被害者は加害者に6,000万円を請求できる
被害者は、人身傷害保険金と合わせて1億円を取得でき、裁判基準の損害額を全額確保することができます。
最高裁平成24年2月20日判決(判例時報2145号103頁)
人身傷害保険金を先行して受領した場合の代位の範囲について,最高裁判決があります。最高裁は,訴訟基準差額説に立つことを明らかにしました。判決の要旨等の紹介は省略します。
賠償先行の場合
人傷先行の場合は,訴訟基準差額説によることで実務上,決着しています。問題は,先に賠償金を受領した場合です。人身傷害保険の約款では,加害者からの賠償金を受領した場合は,人身傷害保険金から控除するとなっています。
上の具体例では,8,000万円から7,000万円を控除した1,000万円を支払えばいいということになります。そうすると,人傷先行の場合と賠償先行の場合で,結果が異なることになってしまいます(人傷基準差額説の場合は,結果が異なることはない。)。
大阪高裁平成24年6月7日判決(判例時報2156号126頁)は,このように判断しています。
訴訟基準差額説では,請求の時期によって,結果が異なることがないよう,約款を読み替えて,結果が異ならないようにという見解(最高裁平成24年2月20日判決の宮川判示補足意見)が主張されています。
約款の改正
現在,人身傷害保険の約款が改正され,賠償先行の場合も判決又は裁判上の和解で人傷基準と異なる損害額が算出された場合は,人身傷害保険金支払いの算定おいて,判決等の金額を損害額とするという読み替え規定が設けられるようになりました。
このような約款が存在する場合は,人傷先行と賠償先行で結果が変わらないようになります。ただし,賠償先行の場合に訴訟提起をしなければなりません。