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人身傷害保険の素因減額に関する裁判例


人身傷害保険と素因減額との関係を判断した裁判例を紹介します。

大阪地裁平成24年9月19日判決

 人身傷害保険は、過失相殺に当たっては、まず、被害者の過失部分に充当されます。では、素因減額がなされる場合に、人身傷害保険を素因減額部分に充当することができるのでしょうか?

事案の概要

 原告X1は、平成16年4月20日、勤務中に階段から転落して受傷し、左肩関節挫傷、頚椎捻挫等との診断を受けて、a病院、bクリニック、c整形外科で治療を受け、平成17年10月31日に左手指巧緻障害等を残して症状固定したとの診断を受けた。

 平成18年3月15日午後9時55分頃、大阪府茨木市内の路上において、原告X1が後部座席に乗車中のタクシーに、被告運転の普通乗用自動車が追突する交通事故が発生した。

 本件事故後、原告X1は、c整形外科において、傷病名:頚椎後縦靭帯骨化症等、症状固定日:平成20年1月31日、自覚症状:歩行困難、両手指巧緻障害、頚部可動制限、頚部痛、腰痛、両下肢・両上肢の筋力低下、他覚所見等:歩行は杖を使用して100m程度、握力右〇kg・左27.5㎏、C4/5前方固定など、見通し等:頚部以下は痙性麻痺状態で緩解の見通しはなく、現在も就業不能状態である、などとする後遺障害診断を受けた。

 原告X1は、上記後遺障害につき、平成20年10月30日に自賠責保険により、経時的な症状経過などを勘案すれば、本件事故を契機に頚椎後縦靭帯骨化症による脊髄損傷不全麻痺の症状が発症したものと捉えられ、手術加療がなされるも脊髄症状が消退することなく残存したものと認められ、その程度は、後遺障害診断書及び脊髄症状判定用書面を踏まえて全身症状を総合評価すれば、後遺障害等級5級2号(神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当する(既存障害14級の加重障害に該当する)との認定を受けた。

 原告X2社と原告X1は、平成17年4月7日、被保険者:原告X1、保険期間:同年4月13日~平成18年4月13日、人身傷害保険:3,000万円とする自動車保険契約を締結していたところ、その約款には、次の定めがあった。

①一般条項23条1項

 被保険者等が他人に損害賠償の請求をすることができる場合には、当会社は、その損害に対して支払った保険金の額の限度内で、かつ、被保険者等の権利を害さない範囲内で、被保険者等がその者に対して有する権利を取得します。

②人身傷害条項1条1項

 当会社は、被保険者が自動車事故により身体に傷害を被ることによって被る損害に対して、人身傷害保険金を支払います。

③同条項11条1項

 被保険者が第1条の傷害を被ったときすでに存在していた身体の障害もしくは疾病の影響により、傷害が重大となった場合は、当会社は、その影響がなかったときに相当する金額を決定してこれを支払います。

 原告X2社は、原告X1に対し、本件保険契約に基づく本件事故についての人傷保険金として、平成20年12月24日までに、合計4,079万3,917円(臨時費用3万円は求償対象外)を支払い、原告X2社は、被告加入の自賠責保険から1,499万円を回収した。

裁判所の判断

 まず,素因減額について,裁判所は,次のように判断しています。

 原告X1は,本件事故を契機として経時的に頚椎後縦靭帯骨化症による脊髄症状を発症して後遺障害として残存したものであるところ,原告X1には,もともと後縦靭帯骨化症(ないし後縦靭帯骨化)の素因があったこと,それは,単なる加齢変化として一般的にみられるものではなく,難治性の特定疾患とされているものであり,素因減額の対象となるものというべきである。本件事故自体は,到底重大なものとはいえない軽微なもので,通常であれば(後縦靭帯骨化症の素因がなければ)せいぜい頚椎捻挫等を受傷するに止まる程度のものといえる。原告X1の後縦靭帯骨化症の程度は,平成19年1月頃時点で,骨化の厚さ7㎜,有効脊柱管前後径7㎜,骨化占拠率50%に至っていたもので,もともと,後縦靭帯骨化症による脊髄症状を発症しやすい状態にあり,脊髄症状を発症した場合には手術によっても十分な改善を得られない可能性がある状態にあったといえる。

 原告X1が本件事故以前から後縦靭帯骨化症による症状を発症していたとは認められないことや,後縦靭帯骨化症であっても無症状のことも多いこと,骨化は緩除にしか大きくならないこと,本件事故がなくともその頃までには原告X1も大阪市職員に復職したはずと考えられ,頚部に負担のかかる労務に従事し続ける状況にあったわけではないこと,したがって,後縦靭帯骨化症の自然的経過や労務負荷により,本件事故がなくとも,数年内には後縦靭帯骨化症による脊髄症状を発症する可能性が高い状況にあったとまではいえない。

 原告X1が本件事故を契機として経時的に頚椎後縦靭帯骨化症による脊髄症状を発症して長期間の治療後に後遺障害として残存したことについて,素因(後縦靭帯骨化症)の寄与度が5割,本件事故の寄与度が5割とみるのが相当である。

 その上で,人身傷害保険と素因減額の関係について,次のよう判断しています。

 本件保険契約の約款の人身傷害条項は,その文理上,自動車事故による人身損害に対して人傷保険金を支払う(同1条1項)が,素因があった場合は,支払う人傷保険金は素因がない場合の損害相当額である(同11条1項)と定めていることが明確であり,素因がある場合の人傷保険金は,素因がない場合の人身損害(素因減額後の損害)を対象として支払われるものと解するほかない。

 原告X1は,過失相殺の場合との類似性を指摘するが,同約款上,過失に関しては素因と同様の規定(過失があった場合は,支払う人傷保険金は過失相殺後の損害相当額である旨の規定)がない以上,支払われる人傷保険金は自動車事故による人身損害の全体を対象としたものと解されるのに対し,素因に関しては上記規定がある以上,扱いが異なるのは当然であり,不公平とはいえない。法の適用関係としても,素因減額の場合は通常は民法722条が類推適用されるにすぎず,過失相殺と同じく同条が適用されるわけではない。実質的にみても,自動車事故の被害者側にも過失があったとしても,その際に生じた人身損害が当該事故を原因として生じたことに変わりはないのに対し,素因があった場合は,その際に生じた人身損害は当該事故と素因の両者を原因として生じたものといえるのであり,必ずしも人身損害の全体が当該事故によって生じたとはいえない(例えば,割合的因果関係を肯定する立場からは,因果関係レベルの問題として,素因による部分は「自動者事故による人身損害」ではないと扱われることになると解される。)のであって,本来的には過失と素因とは異質なものである。

 また,同約款の一般条項23条1項は,「その損害に対して支払った保険金の額の限度内で,かつ,被保険者等の権利を害さない範囲内で」と定めているのであり,この規定から,被保険者が保険金と損害賠償金を併せて損害の全部の填補を受けられるようにしたものと解するのは飛躍がある。この一般条項と人身傷害条項からは,過失があった場合は,人傷保険金は人身損害の全体(過失相殺による減額分を含む。)を対象として支払われ,それを,過失相殺後の損害部分から充当するか,過失相殺による減額部分から充当するかなど,複数の充当方法が考えられるところ,被保険者等の権利を害さない範囲内で充当していくと定めているのであるから,まずは過失相殺による減額分から優先的に充当することが導かれるのに対し,素因があった場合は,人傷保険金は素因がない場合の人身損害(素因減額による減額分を含まない。)を対象として支払われるにすぎないから,それを,まずは素因減額による減額部分から優先的に充当するという解釈を導くことはできないし,これをもって被保険者等の権利(被保険者等は,もともと,加害者に対して素因減額後の損害部分しか請求できないことはもとより,保険契約上,人傷保険金としても素因減額後の損害部分しか支払を受けられないこととなっている。)を害するものとはいえない。


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