自損事故後に後続車に轢過された交通事故について、最高裁判決を紹介します。
最高裁平成19年5月29日判決
高速道路において自動車を運転中に自損事故を起こし車外に避難した運転者が後続車に轢過されて死亡した事案です。
自動車保険の搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金の支払をめぐり問題になりました。
事案の概要
Aは、平成14年12月18日午後9時50分ころ、高速自動車国道である東北縦貫自動車道弘前線の上り車線で、普通乗用自動車を運転中、何らかの原因により運転操作を誤って、本件車両を中央分離帯のガードレールに衝突させるなどし、その結果、本件車両は、破損して走行不能になり、走行車線と追越車線とにまたがった状態で停止した。本件自損事故の現場は、その付近に街路灯等がなく、暗かった。
Aは、本件自損事故後すぐに本件車両を降り、小走りで走行車線を横切って道路左側の路肩付近に避難したが、その直後に本件車両と道路左側の路肩との間を通過した後続の大型貨物自動車に接触、衝突されて転倒し、更に同車の後方から走行してきた大型貨物自動車によりれき過されて死亡した。
自家用自動車保険契約普通保険約款には、搭乗者傷害条項があり、同条項には、次のような定めがあった。
①被上告人は、被保険者が保険証券記載の自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被った場合は、この搭乗者傷害条項及び一般条項に従い、所定の保険金を支払う。
②搭乗者傷害条項において被保険者とは、被保険自動車の正規の乗車装置又は当該装置のある室内に搭乗中の者をいう。
③被上告人は、被保険者が①の傷害を被り、その直接の結果として、事故の発生の日からその日を含めて180日以内に死亡した場合は、被保険者1名ごとの保険証券記載の保険金額の全額を死亡保険金として被保険者の法定相続人に支払う。法定相続人が2名以上である場合は、被上告人は、法定相続人に対し、法定相続分の割合により上記死亡保険金を支払う。
最高裁の判断
本件搭乗者傷害条項によれば、「被保険自動車の正規の乗車装置等に搭乗中の者」が被保険者とされており、同条項に基づく死亡保険金は、「被保険者が,被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡した場合」に支払われることになっている。
上記事実関係によれば、Aは、被保険自動車である本件車両を運転中、何らかの原因により運転操作を誤り本件自損事故を起こしたというのであるから、Aは上記死亡保険金の支払事由にいう被保険者に、本件自損事故は運行起因事故にそれぞれ該当することが明らかである。
上記事実関係によれば、本件自損事故は、夜間、高速道路において、中央分離帯のガードレールへの衝突等により、本件車両が破損して走行不能になり、走行車線と追越車線とにまたがった状態で停止したというものであるから、Aは、本件自損事故により、本件車両内にとどまっていれば後続車の衝突等により身体の損傷を受けかねない切迫した危険にさらされ、その危険を避けるために車外に避難せざるを得ない状況に置かれたものというべきである。さらに、上記事実関係によれば、後続車にれき過されて死亡するまでのAの避難行動は、避難経路も含めて上記危険にさらされた者の行動として極めて自然なものであったと認められ、上記れき過が本件自損事故と時間的にも場所的にも近接して生じていることから判断しても、Aにおいて上記避難行動とは異なる行動を採ることを期待することはできなかったものというべきである。そうすると、運行起因事故である本件自損事故とAのれき過による死亡との間には相当因果関係があると認められ、Aは運行起因事故である本件自損事故により負傷し、死亡したものと解するのが相当である。
したがって、Aの死亡は、上記死亡保険金の支払事由にいう「被保険者が、運行起因事故により身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡した場合」に該当するというべきである。
Aは後続車に接触、衝突されて転倒し、更にその後続車にれき過されて死亡したものであり、そのれき過等の場所は本件車両の外であって、Aが本件車両に搭乗中に重い傷害を被ったものではないことは明らかであるが、それゆえに上記死亡保険金の支払事由に当たらないと解することは、本件自損事故とAの死亡との間に認められる相当因果関係を無視するものであって、相当ではない。このことは、本件自損事故のように、運行起因事故によって車内にいても車外に出ても等しく身体の損傷を受けかねない切迫した危険が発生した場合、車内にいて負傷すれば保険金の支払を受けることができ、車外に出て負傷すれば保険金の支払を受けられないというのが不合理であることからも、肯定することができる。本件搭乗者傷害条項においては、運行起因事故による被保険者の傷害は、運行起因事故と相当因果関係のある限り被保険者が被保険自動車の搭乗中に被ったものに限定されるものではないと解すべきである。