車両保険に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁平成18年6月1日判決
車両保険の請求の際、保険金請求者に偶然性の主張・立証責任があるか?が問題になった事案です。
事案の概要
上告人は、平成12年11月1日、A保険会社との間で、①被保険自動車を本件車両、②車両につき保険金額を245万円、③保険期間を平成12年11月1日から平成13年11月1日までとする自家用自動車総合保険契約を締結した。本件保険契約に適用される保険約款第5章(車両条項)第1条には「当会社は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他偶然な事故によって保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」といいます。)に生じた損害に対して、この車両条項および一般条項に従い、被保険自動車の所有者(以下この章において、「被保険者」といいます。)に保険金を支払います。」との条項(以下「本件条項」という。)がある。
平成13年10月29日午前11時50分ころ、福井県内において、本件車両が海中に水没する事故が発生した。本件車両は、本件事故発生後、廃棄処分とされた。
上告人は、被上告人に対し、主位的には、被上告人からの保険金の支払に関する回答が遅れたため本件車両の早期の修理が不能になったなどと主張して不法行為に基づき損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、予備的には、本件保険契約に基づき車両保険金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
原審の判断
原審は、車両保険の保険金請求を認めませんでした。
保険金の支払事由を火災によって損害が生じたこととする火災保険契約の約款に基づき、保険者に対して保険金の支払を請求する者は、火災発生が偶然のものであることを主張、立証すべき責任を負わない。
しかしながら、火災保険契約の約款においては、火災発生の偶然性は要件として規定されていないのであり、車両保険契約と火災保険契約とでは、保険金請求権の成立要件に関する保険約款の規定の内容が異なる。また、実質的にみても、火災事故の立証の困難性は自動車事故のそれとは著しく異なる。
そうすると、本件保険契約に基づき車両保険金の支払を請求する者は、事故が偶然のものであることを主張、立証すべきであるところ、本件事故を偶然の事故と認めることは困難であり、本件においては、保険金請求権の請求原因事実の立証がないというべきである。
最高裁の判断
最高裁は、保険金請求者に偶然性の主張・立証責任がないと判断しました。
旧商法629条が損害保険契約の保険事故を「偶然ナル一定ノ事故」と規定したのは、損害保険契約は保険契約成立時においては発生するかどうか不確定な事故によって損害が生じた場合にその損害をてん補することを約束するものであり、保険契約成立時において保険事故が発生すること又は発生しないことが確定している場合には、保険契約が成立しないということを明らかにしたものと解すべきである。旧商法641条は、保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって生じた損害については、保険者はこれをてん補する責任を有しない旨規定しているが、これは、保険事故の偶然性について規定したものではなく、保険契約者又は被保険者が故意又は重過失によって保険事故を発生させたことを保険金請求権の発生を妨げる免責事由として規定したものと解される。
本件条項は、「衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他偶然な事故」を保険事故として規定しているが、これは、保険契約成立時に発生するかどうか不確定な事故をすべて保険事故とすることを分かりやすく例示して明らかにしたもので、旧商法629条にいう「偶然ナル一定ノ事故」を本件保険契約に即して規定したものというべきである。本件条項にいう「偶然な事故」を、商法の上記規定にいう「偶然ナル」事故とは異なり、保険事故の発生時において事故が被保険者の意思に基づかないこと(保険事故の偶発性)をいうものと解することはできない。原審が判示するように火災保険契約と車両保険契約とで事故原因の立証の困難性が著しく異なるともいえない。
したがって、車両の水没が保険事故に該当するとして本件条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は、事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張、立証すべき責任を負わないというべきである。