素因減額がある場合の人身傷害保険の代位の範囲を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和7年7月4日
素因減額及び過失相殺を行う場合の人身傷害保険の代位の範囲が問題になりました。
事案の概要
Xは、平成30年5月、Aが使用者として登録されている普通乗用自動車を運転してB社が所有管理する駐車場に進入した際、上記駐車場の設置又は保存の瑕疵に当たる路面の陥没に上記自動車の右前輪が入り込み、その衝撃により腰椎椎間板ヘルニア等の傷害を負った。
Xには上記陥没の発見が遅れた過失があり、本件事故におけるXの過失割合は2割である。また、Xには、本件事故前から、第5腰椎と第1仙椎の間の椎間板に変性が生じており、上記腰椎椎間板ヘルニアは、本件変性に本件事故による外力が加わったことにより生じたものである。
Yは、令和3年10月、Bを吸収合併し、その権利義務を承継した。
本件事故によりXに生じた人的損害の額は、合計941万2,961円である(弁護士費用相当額を除く。)。
Xは、平成31年2月、上記損害につき、Yから80万円の支払を受けた。
Aは、本件事故当時、訴外保険会社との間で、人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約を締結しており、Xは本件約款中の人身傷害条項に係る被保険者であった。本件約款中の人身傷害条項には、要旨、次のような定めがあった。
(1) 訴外保険会社は、日本国内において、自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害に対し、人身傷害保険金を支払う。
(2) 被保険者が上記傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う(本件限定支払条項)。
本件変性は、本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たる。
Xは、上記80万円のほか、令和2年1月までに、上記の損害につき、訴外保険会社から、本件約款中の人身傷害条項に基づき、人身傷害保険金として666万3,789円の支払を受けた。
YのXに対する損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、本件変性をしんしゃくし、上記の損害額から3割の減額をすると、本件素因減額をした後の損害額は658万9,073円となる(以下、この損害額を「本件素因減額後の損害額」という。)。そして、本件素因減額後の損害額について2割の過失相殺をした後の損害額は527万1,258円となる(以下、この損害額を「本件過失相殺後の損害額」という。)。また、本件過失相殺後の損害額から既払金80万円の額を控除した損害金の残額は447万1,258円となる。
原審の判断
YのXに対する損害賠償の額を定めるに当たり、本件素因減額をするのが相当であるとした上で、訴外保険会社は、本件保険金の額と本件素因減額後の損害額のうちいずれか少ない額を限度としてXのYに対する損害賠償請求権を代位取得すると判断し、本件素因減額後の損害額について過失相殺がされる本件においては、訴外保険会社は、本件保険金の額と本件過失相殺後の損害額との合計額(1,193万5,047円)から本件素因減額後の損害額を控除した残額(534万5,974円)の範囲で上記損害賠償請求権を代位取得するから、上記損害賠償請求権の全部を代位取得したとして、Xの請求を棄却すべきものとした。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を是認し、人傷社は、①支払った人身傷害保険金の額と②素因減額後の損害額の少ない額を限度として、代位取得すると判断しました。
自動車保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害条項に基づき、被保険者である交通事故等の被害者が被った損害に対して人身傷害保険金を支払った保険会社は、支払った人身傷害保険金の額の限度内で、これによって填補される損害に係る保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するところ、保険会社がいかなる範囲で保険金請求権者の上記請求権を代位取得するのかは、上記約款の定めるところによることとなる。
本件約款中の人身傷害条項には、被保険者が自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病(既存の身体の障害又は疾病)の影響により、上記傷害が重大となった場合には、訴外保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う旨の定め(本件限定支払条項)が置かれている。これは、人身傷害保険金は上記事故により被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害の填補を目的として支払われるものであることから、上記の場合には、訴外保険会社は、その影響の度合いに応じて保険金の一部を減額して支払うものとすることにより、既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を保険による損害填補の対象から除外する趣旨を明らかにしたものと解される。そうすると、上記人身傷害条項に基づき支払われる人身傷害保険金は、被保険者の既存の身体の障害又は疾病による影響に係る部分を除いた損害を填補する趣旨・目的の下で支払われるものであるということができる。したがって、上記人身傷害条項の被保険者である被害者に対する加害行為と加害行為前から存在していた被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した事案について、裁判所が、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、上記疾患をしんしゃくし、その額を減額する場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に支払われた人身傷害保険金は、上記疾患による影響に係る部分を除いた損害を填補するものと解すべきである。
上記の場合において、上記疾患が本件限定支払条項にいう既存の身体の障害又は疾病に当たるときは、被害者に対して人身傷害保険金を支払った訴外保険会社は、支払った人身傷害保険金の額と上記の減額をした後の損害額のうちいずれか少ない額を限度として被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である。このことは、訴外保険会社が人身傷害保険金の支払に際し、本件限定支払条項に基づく減額をしたか否かによって左右されるものではない。