交通事故が労災に該当する場合、国が自賠責保険から支払いを受けた後も被害者が自賠責保険から支払いを受けることができるか?を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和4年7月14日判決
交通事故の被害者が、自賠責保険会社に対して、自賠法16条に基づき、損害賠償額の支払請求、つまり、被害者請求を行った事案です。
本件の交通事故は、労災事故で被害者は労災保険から給付を受けていました。労災保険が第三者行為災害の場合、国は保険給付の価額の限度で、被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を取得します(労災保険法12条の4第1項)。つまり、国が自賠責保険会社に対して、損害賠償額の支払いを求めることができます。
国が自賠責保険会社から支払いを受けた後、被害者が自賠責保険会社に損害賠償の支払いを求めた場合、自賠責保険会社は、国に対する支払分を控除することができるか?が争われました。
事案の概要
Xの運転する原動機付自転車は、平成28年1月5日、交差点において右折するために自車線上で停止していたところ、反対車線から中央線を越えて進行してきた車両の運転者の前方不注視等の過失により、同車両と衝突し、Xは左脛腓骨開放骨折等の傷害を受けた。
本件事故当時、上記車両についてYを保険会社とする自賠責保険の契約が締結されていた。
政府は、本件事故が第三者の行為によって生じた業務災害であるとして、Xに対し、本件傷害に関し、労災保険給付として療養補償給付及び休業補償給付を行った。これらの価額の合計は864万2,146円である。
上記の労災保険給付を受けてもなお塡補されないXの本件傷害による損害の額は、440万1,977円である。また、自賠責保険の保険金額は、本件傷害による損害につき120万円である。
Xは、平成30年6月8日、Yに対し、上記損害について直接請求権を行使した。他方、国も、同月14日、Yに対し、政府が上記労災保険給付を行ったことに伴い労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権を行使した。
これらを受けて、Yは、同年7月20日、Xに対して16万0,788円を支払い、同月27日、国に対して103万9,212円を支払った。
原審の判断
原審は、以下のとおり、Xの請求を認容しました。
交通事故の被害者は、労災保険給付等を受けてもなお塡補されない損害について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができる。このことからすれば、被害者の有する直接請求権の額と同項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合に、自賠責保険の保険会社が、国に対し、被害者が国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につき支払をしたときは、当該支払は有効な弁済に当たらないというべきところ、本件支払は、Xが国に優先して支払を受けるべき損害賠償額につきされたものであるから、有効な弁済に当たらない。
最高裁の判断
最高裁は、以下のとおり、Xの請求を認めませんでした。つまり、国が自賠責保険会社から支払いを受けた後、被害者が自賠責保険会社から支払いを受けることができるのは、自賠責保険金額から国への既払分を控除した残額です。
直接請求権は、被害者の被保険者(加害者)に対する自賠法3条の規定による損害賠償請求権と同額のものとして成立し、被害者に対する労災保険給付が行われた場合には、労災保険法12条の4第1項により上記労災保険給付の価額の限度で国に移転するものであって、国は上記価額の限度で直接請求権を取得することになる。
被害者は、未塡補損害について直接請求権を行使する場合は、他方で同項により国に移転した直接請求権が行使され、上記各直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で損害賠償額の支払を受けることができるものであるが、このことは、被害者又は国が上記各直接請求権に基づき損害賠償額の支払を受けるにつき、被害者と国との間に相対的な優先劣後関係があることを意味するにとどまり、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対してした損害賠償額の支払について、弁済としての効力を否定する根拠となるものではないというべきである(なお、国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未塡補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である。)。
したがって、被害者の有する直接請求権の額と、労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超える場合であっても、自賠責保険の保険会社が国の上記直接請求権の行使を受けて国に対して自賠責保険金額の限度でした損害賠償額の支払は、有効な弁済に当たると解するのが相当である。
実務への影響は?
交通事故が労災に該当する場合、労災保険から給付を受けるのが被害者にとって有利です。弁護士としては、労災保険から先に給付を受けるように手続を進めるのではないでしょうか。つまり、自賠責保険へ請求するのは、労災保険から給付を受けた後になります。その場合、国が先に自賠責保険から支払いを受けると、被害者は、国が支払いを受けた分は、自賠責保険から支払いを受けれないことが明らかになりました。
最高裁平成30年9月27日判決は、自賠責保険について、被害者と国の請求が競合した場合、被害者の請求が優先すると判示した判決と理解しています。つまり、個人的には、自賠責保険は早い者勝ちと認識していたので、今回の最高裁判決で、実務上の対応が変わることはないと考えています。
最高裁平成30年9月27日判決の詳細は、以下の記事参照
自賠責保険の直接請求権と労災保険の求償権の優劣に関する最高裁判決(交通事故の判例)
交通事故の被害者による自賠責保険の直接請求権と労災保険の求償権が競合した場合の優劣を判断した最高裁判決を紹介します。
むしろ、実務に影響しそうなのは、今回の最高裁判決が、「国が、上記支払を受けた場合に、その額のうち被害者が国に優先して支払を受けるべきであった未塡補損害の額に相当する部分につき、被害者に対し、不当利得として返還すべき義務を負うことは別論である」と言っていることです。自賠責保険について、国に先に回収された場合、被害者は、国に対して請求できる余地があるということでしょうか。